小説「ヒュウガ・ウイルス五分後の世界Ⅱ」村上龍
■内容
アンダーグラウンドへの禁輸、外国からはあらゆる制裁を受け
圧倒的に物資が不足していた。風呂、飲食は回数券で取引をする。
必要なものだけで生活を送る。
そんな中、九州東南部ビックバンで原因不明の感染症が発症した。
奇妙な筋痙攣のあとに血を吐いて死亡する。
国民兵士が感染症に立ち向かう。
■感想
国民兵士の指導者ヤマグチは敵にも伝わるやりかた、世界へのステイトメント理念、
使命を全て英語で話す。現在日本の宰相が自分の言葉で勇気とプライドをもって世界の
標準語(英語)で世界に発信したことがあるだろうか。政治家は日本国内の出来事に
ついては圧倒的権力を背景になんの根拠もない強気な発言をする。
本当の危機感が欠けているのだろうと思う。
UG兵士は効率を重視しても人間的な感情、感謝したり、悲しんだりは忘れてはいない。
というよりは忘れてはいけないと分かっている。深く感情が揺さぶられたときに行き場
のない感情が声として漏れる。
彼らは簡潔に必要なことだけを明瞭に話し、一見冷たい人間に見えるが、目は一点を
見つめ余計なまどろみがない。
今日本でヒュウガウイルスが発生したら数人しか生き延びれないだろう。
作者はどれだけの危機に面したかで生き延びられるかが決まる、
と現代に向けて言っているように聞こえる。
コウリーが最後宿となり、これまでどれだけの危機に面してきたかを試されることに
なった、ここで自分に置き換えない人はいないだろう。ごくごく自然な流れで自分の中の
輪郭、思想を見つめなおすことを自然に強いられるような感覚だった。
■名言
老婦人「自分が一番大切に思う人間と共に、その日を生き延びること
二番目はその大切なことを知らない人に、伝えること」
サカグチ「本当の危機感と、本当の知性がなければ民族主義は悪に染まるのです。」
兵士 「確かに今は食糧は充分ではない、だがそれは恥ではないから隠す必要はない。」
コウリー「UGは敬意を払うとか認めるということではない。受け入れる、
受け入れないという単純な関係性が原則なのかもしれない。」
オクヤマ「ウィルスは人間を人間ではないものへ変えることもできる。
何でもやってしまう。しかしウィルスに悪意はない。」
コウリー「国連軍ゲート兵士に苛立った。どうでもいい話。
無邪気で無知でひとかけらの危機感も持たない人間は殺されて当然だ。
という思いが苛立ちの中から起こった。」
コウリー「ずっと一緒に戦ってきた仲間の一人がからだ中から出血して死にかけている時、
それを悲しいと思わない兵士はいない。彼らは深く悲しんでいる、だが、
悲しいとは言わないし、悲しい表情も作らない。悲しい悲しいと叫び大声で
泣くことにやってミツイが助かるならば彼らはそうするだろう。
UG兵士はシンプルな原則で生きている。最優先事項を決め、すぐにできること
から始め、厳密に作業を行い、終えると次の最優先事項にとりかかる。
悲しい時にただ悲しい顔をしていても事態の改善はないことを彼らは子供の
頃から骨身に染みて学んできたのだ。アメリカのテレビでおなじみの光景、
災害や事故や犯罪の現場でレポーターが被災者や被害者の家族に聞く、
かなしいですか?悲しいでしょう?最優先事項がなく退屈な人々はそれを
見て今自分が悲しくないことを確認して安心する。」
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